毎月、むらちゃんと「ユニークな美術館や博物館などへ行く」ことにしています。
先日25日は、「古代オリエント博物館」へ。
池袋のサンシャインシティ文化会館内にあります。

むらちゃんが「古代オリエント博物館が気になる」と言ったので、「面白そう、そこにしよう!」と決めたのですが、当日、
私:ところで、古代オリエントって、どこ?
むらちゃん:さあ?
いつもこんな感じですね。笑

展示物はワクワクするものばかり。
しかし…。
進化の歴史を見ていると、不思議なことに気づきます。
人類は、どの土地に住み始めても、
道具を作り、
壺を焼き、
石などで装飾品を作って身につけ、
顔料を顔や体に塗りたくる…

地球上のどこであっても、まるで申し合わせたかのように、同じようなことを思いつき、同じように進化していくのです。
生活を便利にするために道具を作る。
食料を保存する方法を考える。
それは理解できます。
でも、「装飾する」という発想は、少し不思議です。
壺に模様をつけなくても用途は変わらないし、身を飾らなくても、生きることはできるわけですから。
先日、脳科学者の中野信子さんが、TVでこんな話をなさっていました。
人間の脳は他の動物と比べて前頭葉が発達している。
その理由は、意思決定や理性といった一般的な役割だけではなく、
「無駄なことをさせるためではないか」
というのです。
ここでいう「無駄」とは、料理、アート、装飾、遊びなど、「明日生きるのに直接役立たないこと」を指します。
そして、この「無駄」こそが、ホモ・サピエンスが生き残った理由の一つではないか、と。
食べ物ではないものに価値を見いだす。
「美しい」という感覚を媒介に、交換できる社会を作る。
人間から芸術や創造といった「無駄」を取り上げたら、人間社会は成り立たなくなるのかもしれないという仮説です。
この話を聞いて、とても納得しました。
そこにある花や風景を、そのまま眺めればいいのに、なぜわざわざ写実的に描き写したくなるのか。
栄養を摂るだけなら、錠剤やドリンクで済ませればいいのに、なぜ材料をそろえ、切り、焼き、煮て、ときには盛り付けまで考えて、手間暇かけながら料理を作るのか。
常々、人間界における「無駄」(と自分で思えるもの)の意味が分からなったのですが、なるほど、人間がそもそもそういう生き物なのだとしたら、すごい納得!
昔読んだ本では、高次の星から地球へ転生してきた主人公が、
「自分の母星では、誰もが芸術活動にいそしむ日々を送っている」
「創造的に個性を表現する人間の住む星だ」
と書いていました。
もしかすると、人間の本質は「創造性」なのかもしれません。
美を感じ、意味を生み出し、表現するために生きている存在なのかも。
そんなことを考えながら展示物を見て回り、もうひとつ気づいたことは……。
(つづく)
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