(つづき)
ご神鏡を見ていて感じたのは……
「かがみ」という言葉から「が(=我)」を取ると、「かみ(=神)」になります。
人が神社で参拝しているとき、
私たちは「我」を持ったまま、この現実世界――3次元の「かがみ側」 に立っています。
一方、ご神鏡の向こう側、
鏡の中の世界は 「我」を超えた 5次元の「かみの世界」 です。
鏡には、こちらの世界がそのまま映っているように見えますが、実際には、同じものが映っているわけではありません。
3次元の世界と、5次元の世界は、重なって見えているだけで、イコールではないのです。
(というようなことが降ってきます)
さらにご神鏡を見つめていると…
あれ?
Tさんの美容室には丸い鏡があるのですが、ご神鏡と重なって見えてきました。
「丸」の形、
「鏡」の世界。
そのふたつを合わせた「丸い鏡」
そこには不思議な秘密があります。

かつて、Tさんはご神鏡の「かみの世界」に、自分の姿を見ることができたのに、今は見えなくなっているのだろうか?
「曇り」というワードがくるのですが…
帰る前に、何か神社に対してやらなければいけないことがあるかな?と思い、神社全体を光のドームで包んでみますが、ちゃんと浄化されているようです。
そういえば、昨年9月に明治神宮に呼ばれて「お使い」をしたっけ。
明治神宮で「玉」を預かり、ここに運んできて、「鏡」の曇りをきれいにしたのです。


ということは、やはり「曇り」のワードは、この神社ではなく、Tさんに関するもの?
もしかしたら。
この場所と重なっていた(Tさんが宮司だった)別の神社?
神に仕えながらも、「闇の人たち」のことを思うと、彼の心は曇ってしまうのだろうか。
その曇りが、神社全体の波動にも影響している?
だとしたら、「闇」に対する概念を変えない限り、神社の波動を変えることはできない?
そのとき。
氏神様が伝えてきたことは…
人間界には、さまざまな周波数の人がいる。
神社に青い人が来ようが、
赤い人が来ようが、
黄色い人が来ようが、
誰が来ようと、
彼はただ「彼で在りさえすればいい」。
赤が来て、去っていく。
青が来て、去っていく。
さまざまな人が、ただ通り過ぎていく。
そこに交わりはなく、
混ざり合う必要もない。
彼は、自分の光で
ただ光っていれば、それでよいのだ。
このとき視せられたヴィジョンは……
神社の境内に、さまざまな色の光をまとった人たちが訪れてくる。
その真ん中で、淡々と竹ぼうきを手に、静かに掃き続けているTさん。
彼自身が光を放ちながら、何も裁かず、何も拒まず、ただその場に在り続けていました。
「マサコ、すべての光が集まったとき、最後にそれは白い光(=透明)になるだろう?」

ああ、本当にそうだわ。
胸が熱くなりました。

その夜、メグミさんに連絡してみました。
(つづく)
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